面白いお話、売ります。

おはようございます、オラです!


暑さでマイッテますが皆さんはどうですか?
今日はちょっと嗜好を変えて、本の紹介とその考察です。
こんなのも、たまにはいいですよね。


『Story Seller』
  昨今、注目を集めた作家さん7人の読み切り中編小説が載っています。
  伊坂幸太郎近藤史恵有川浩佐藤友哉本多孝好道尾秀介米澤穂信



  おすすめは有川浩さんの『ストーリーセラー』
 
   主人公の彼と小説家になった奥様との出会いから、
   前例のない脳の病気にかかって亡くなるまでが書かれています。
 
   映画『私の頭の中の消しゴム』にも似たモチーフですが、
   有川さんの斬新な構成が功を奏し、
   元々、持っておられる、鮮やかな心理描写の才能がそれを際立たせ、
   お互いを想う心にふれたとき、零れ落ちる涙が止まりませんでした。


   アニメにもなった代表作の「図書館戦争」はまだ読んでいないのですが、
   作風の違いを超えて楽しんでいただけると思います。


 重版もなく、このまま絶版かと思いましたが、このたび文庫になり、
 皆さんにお読みいただくことができるようになりましたので、
 お勧めさせていただきます。 

Story Seller (新潮文庫)

Story Seller (新潮文庫)

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 <有川さんの「ストーリーセラー」考察>

 有川さんのお話のネタばれになりますので、
 ここまでに興味をもたれた方は後日みてくださいね。



1.小説の時制


  この小説は4つに区切ることができます。

  冒頭:病気発覚時
  序盤:なりそめから発病に至るまで
  中盤:病気発覚後
  終盤:彼女がなくなった後


  はじめて読んだとき、序盤あたりから奇妙な違和感を覚えながらも、
  なりそめから発病に至るまでの「過去のエピソード」に引きこまれ、
  中盤まで無自覚にそのまま読み進めてしまいました。



2.入れ子型の構造


  小説も中盤にいたると、「過去のエピソード」は主人公の思い出だけではなく、
  「なりそめから病気発覚後」までのすべてが「彼女の小説」であることがわかります。


  「二人の過去」→「過去を元に彼女が小説化」(視点も当時の主人公から彼女へ)


  なかなかのトリックです。
  作者 有川さんの「才能あふれる彼女」の描写の積み重ねが効き、
  当時の彼の視点から、小説執筆中の彼女の視点に違和感なく移り変わります。

  まるでロシアのマトリョーシカを思わせる、複数入れ子の構造です。
  (似たような構成は、村上春樹
   「ねじまき鳥クロニクル」1・2巻と3巻の関係にも似ています)


   でも、この仕掛けに驚きはありましたが、無理なく受け入れることができ、
  僕におきた違和感とうまくかみ合いません。
  有川さんの斬新な構成はさらに読み進めていくと、明らかになりました。


3.小説の時間軸と違和感


 僕が覚えた奇妙な違和感は、終盤、この小説全体の時間軸が
 「彼女が亡くなった後、遺作の小説を読んでいる時」とわかったとき、
 すっと道が開け、クリアになりました。


 「二人の過去」→「過去を元に彼女が小説化」→「その小説を彼が読んでいる」


  この小説「ストーリーセラー」の過去の出来事は、
 彼が読んでいる彼女の本であって、この小説の時間自体は
 彼が本を読み進めている分しか進んでいないのです。
 僕らの時間・視点は奥様がなくった後の彼とともにあった訳です。


 これで、それまでの違和感にピンときます。
 それまでの文体に気をつけながら、読み返してみると明らかになりました。


 以下に本文を引用して、まず具体的な例を示します。

『「点滴が終わったら家に帰ろうな                |当時の会話|
  
  −こんなことになると知っていたら。         | 奥様が書いた小説での彼の心理描写*|
                                 |現在の主人公の心理 *|

  は横になった彼女の髪を撫でながら思った。         |奥様が書いた小説での彼の描写|
  は、絶対、あのときにあんなことを勧めなかったのに』   |現在の主人公の心理|
  (色分けは説明をわかりやすくするためにつけています)


  つまり、彼女は「彼・彼女」で小説中の主人公の気持ちを描写しています。
 さらにその隣の行では「俺・君」で現在の主人公の気持ちが併記されていたのです。


 具体例にはないのですが、彼女の小説の会話文で使われる「俺・君」のため、
 心理描写の「俺・君」に気づかないで読んだことが違和感の元凶でした。



 図示するとこうなります。

時間軸 視点 描写方法(文体)
過去のエピソード 当時の主人公 会話(俺と君の1人称)
エピソードを基にした小説 主人公目線の彼女 心理描写(彼と彼女の3人称)
奥様が残した小説の読中 現在の主人公 俺と君による心理描写(俺・君の1人称)

  さらに注記をつけた*の箇所は、作者が意図的に主語を省略し、
 当時の彼の気持ち(彼女の小説)と現在の彼の気持ちの両方
 重ねて読むことができます。


  これにより中盤に一旦、彼女視点に置き換わった視点も、
 それまでの文章に現在の彼の気持ちも隠して埋め込んでおくことで、
 知らず知らずのうちに、読者に刷り込まれ、
 再び終盤で視点を主人公に戻すのを容易にする効果を上げているのだと思います。



4.小説で起きた感動について

  では、何故この話がここまで僕を魅了したのか?


  まず中盤で、この話が奥様の書かれたものだとわかったとき、
 先ほどの入れ子型の構造が発揮され、彼女の気持ちに同化し、
 彼を心から思い、なんとか気持ちを残そうとする彼女の死闘が忍ばれ、
 叶わなかった結末に心打たれます。


  さらに終盤、違和感の元凶であった時間軸をはっきりさせ、
 彼女から彼の気持ちに違和感なく再び戻れたことで、
 彼女から愛を告げる最後の手紙を読む彼に救いを与えるのと同様、
 その救いは僕も包みこみ、二人の思いへの共感が高まり、
 あふれ出して、無意識のうちに涙が零れるほどの感動を得られたのだと思います。


  有川さんの鮮やかな心理描写を元に、
 この小説の構造がさらに後押しする形で、
 深い感動を呼び起こす効果を与えているのだと思います。



読んでくださった方、ありがとうございます。


一度、書評のようなものを書いてみたかったこと、
他の感想で構造に触れている方がいなかったことから、
今回、このような記事を書きました。


思ったことをそのままの形でお渡しできないのが残念です。
何度も書き直すことで、少しづつ近づきましたが、
悔しいけど、これが精一杯です。


気に入った方がいてくれるといいのですけど。
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「面白いお話、売ります。」でした!
ではノシ